映画を観る その時間

父親の影響で、小さなころから映画をよく観てきた。

初めて映画館で見たのは、映画『E.T.』で、今はない長野県庁のそばにあった洋食屋さんでお気に入りのチキンソテーを食べてから出かけた。暗がりの中、無数の人間がスクリーンに映しだされた架空のものがたりを同時に観ているという不思議な空間に魅了され、これまでにたくさんの映画を観てきた。

でも、ここ10年ほどは年10本程度しか観ていない。

理由はいくつかある。
まずは地元の映画館では上映される映画に限りがあって、「これだ!」と思うものがあまり上映されない。たとえ上映しても1週間だけと短くて、あっという間に終わってしまう。
逃す理由は締め切りが優先になってしまうので、短い上映時間と上映数だと足を運ぶチャンスが得られにくい。
じゃあネットがあるでしょ? と思うのだけど、ネットで観る映画って味気ない。テレビにつなげば大画面になるし、内容が違うわけでもない。かつては毎週のように数本レンタルして観ていたのと環境は同じはずなのに、ワクワクしない。

なぜだろう。

突き詰めていくと、「足を運ぶ」「頭を悩ます」時間がないからという結論にたどり着いた。
映画館やレンタルビデオ屋さんに行くまでに映画についてさまざまな想いを膨らませるあの時間。到着してからはさらなる映画の情報を調べるあの探求。映画館を出たあとは、その世界に感情移入しすぎて日常の風景がなぜか違う場所に見えるあの余韻。レンタルビデオ屋さんから自宅までソワソワしながら帰るあの興奮がないからではないか。

そんなことを思いながら、今日もまた、Netflixで映画を観る。

現実と非現実のはざまで

編集者・ライターとして10年が過ぎたとき、「誰かのために」つくるだけではなく「自分がつくりたいもの」をつくりたいなと思うようになりました。

そこで、11月24日(土)に開かれる「第29回文学フリマ東京」に出品します。

わずか30ページほどに詰め込んだ“わたし”が主人公のエッセイ。現実と非現実のはざまで“わたし”が生きてきたこれまでと、思考の断片をまとめています……と言いながらまだまだ絶賛執筆中です。どうなることやら。

作品タイトル『ふぅ〜っと飛ばされてみたら』
著者 くぼたかおり|表紙デザイン 廣田義人( 机の上 )| 価格 500円
BOOTHで販売中です。

ふぅ〜っと飛ばされてみたら

40歳になった。人生80年ならば折り返し地点だけれど、かつて10代のころに見て、想像していた大人とはだいぶ違っている。当時のテレビ番組『トゥナイト』には、前髪をくるんとケープで固定したロングヘアーの女性がロボット並みに角張ったもりもり肩パットで扇子を片手に踊り狂っていた。そう、世はバブルだった。子どもだった私は、「大人になったら、あんな変な肩パットでボディコンを着なければいけない」とその出で立ちに本気で絶望したものだ。

それが今はどうだろう。ボートネックのボーダーにジーンズ、足元はスニーカー。たまにパンプスを履いても、ヒールの高さはわずか3センチ。フェロモンむんむんのバブル時代の女性とはかけ離れた、野草のようなのどかさで生きている。

あらためて40年という人生をふり返ってみると、「他力本願」ということばが似合う。人生の転換期となるタイミングで、わたしを引き上げてくれる人に出会えた。彼らのことばに感化されたわたしは、自分の意思とは少し離れたところへと世界を広げることができた。

それはまるでたんぽぽの綿毛のよう。風にふぅ〜っと飛ばされてみたら、着地した場所は思いがけず居心地が良かったんだ。

まだまだ人生はつづく。ならばまた、飛ばされてみようか。ふぅ〜っとね。

誰が 見つけるだろう

ここ最近、わたしの主軸SNSはTwitterだ。ほかにFacebookとInstagramを使っている。それぞれ適当に使っているようで、自分なりに使い分けがある。

Twitter
毎日の気づきや感想、アイデアなど発露するものを書き残す。フォローする対象は自分の興味関心、憧れなど少し未来の自分に役立つような人たち。
Instagram
「何てことない されど気になる まちと風景の記録」をテーマに、わたしの視点を記録。
Facebook
もうほとんど使っていないけれど、割と身近な人たちとつながっているのでメッセンジャー利用だけのために残している。

使用頻度は上のほうが高くて、Twitterはほぼ毎日更新も確認もしている。流れ去るつぶやきは気楽なんだけれど、そうは言ってももう少しきちんと文章をまとめる自分専用の原稿用紙が欲しくなった。

こうして用意したのがこのサイト。この文章を書いている現在は、もちろん誰も見ていない。書いたところで誰の目にも止まらないかもしれない。なんたって更新頻度は月1回程度だしね。

ふとした時に、何かの検索で、ひょこっと読むことになったら、どうぞゆっくりしてくださいな。